羅生門
譯者序
[edit]芥川氏的作品,我先前曾經介紹過了。這一篇歷史的小說(並不是歷史小說),也算他的佳作,取古代的事實,注進新的生命去,便與現代人生出干係來。這時代是平安朝(就是西曆七九四年遷都京都改名平安城以後的四百年間),出典是在「今昔物語」裡。
二一年六月八日記。
正文
[edit]是一日的傍晚的事。有一個家將,在羅生門下待著雨住。
寬廣的門底下,除了這男子以外,再沒有別的誰。只在朱漆剝落的大的圓柱上,停著一匹的蟋蟀。這羅生門,旣然在朱雀大路上,則這男子之外,總還該有兩三個避雨的市女笠和揉烏帽子[1]的。然而除了這男子,卻再沒有別的誰。
要說這緣故,就因為這二三年來,京都是接連的起了地動,旋風,大火,饑饉等等的災變,所以都中便格外的荒涼了。據舊記說,還將佛象和佛具打碎了,那些帶著丹漆,帶著金銀箔的木塊,都堆在路旁當柴賣。都中既是這情形,修理羅生門之類的事,自然再沒有人過問了。於是趁了這荒涼的好機會,狐狸來住,強盜來住;到後來,且至於生出將無主的死屍棄在這門上的習慣來。於是太陽一落,人們便都覺得陰氣,誰也不再在這門的附近走。
反而許多烏鴉,不知從那裡都聚向這地方。白晝一望,這鴉是不知多少匹的轉著圓圈,繞了最高的鴟吻,啼著飛舞。一到這門上的天空被夕照映得通紅的時候,這便彷彿撒著胡麻似的,尤其看得分明。不消說,這些烏鴉是因為要啄食那門上的死人的肉而來的了。 ——但在今日,或者因為時刻太晚了罷,卻一匹也沒有見。只見處處將要崩裂的,那裂縫中生出長的野草的石階上面,老鴉糞粘得點點的發白。家將將那洗舊的紅青襖子的臀部,坐在七級階的最上級,惱著那右頰上發出來的一顆大的面皰,惘惘然的看著雨下。
著者在先,已寫道「家將待著雨住」了。然而這家將便在雨住之後,卻也並沒有怎麼辦的方法。若在平時,自然是回到主人的家裡去。但從這主人,已經在四五日之前將他遣散了。上文也說過,那時的京都是非常之衰微了;現在這家將從那伺候多年的主人給他遣散,其實也只是這衰微的一個小小的餘波。所以與其說「家將待著雨住」,還不如說「遇雨的家將,沒有可去的地方,正在無法可想」,倒是愜當的。況且今日的天色,很影響到這平安朝[2]家將的Sentimentalisme上去。從申未下開首的雨,到酉時還沒有停止模樣。這時候,家將就首先想著那明天的活計怎麼辦——說起來,便是抱著對於沒法辦的事,要想怎麼辦的一種毫無把握的思想,一面又並不聽而自聽著那從先前便打著朱雀大路的雨聲。
雨是圍住了羅生門,從遠處灑灑的打將過來。黃昏使天空低下了;仰面一望,門頂在斜出的飛甍上,支住了昏沉的雲物。
因為要將沒法辦的事來怎麼辦,便再沒有工夫來揀手段了。一揀,便只是餓死在空地裡或道旁;而且便只是搬到這門裡來,棄掉了像一隻狗。但不揀,則——家將的思想,在同一的路線上徘徊了許多回,才終於到了這處所。然而這一個「則」,雖然經過了許多時,結局總還是一個「則」。家將一面固然肯定了不揀手段這一節了,但對於因為要這「則」有著落,自然而然的接上來的「只能做強盜」這一節,卻還沒有足以積極的肯定的勇氣。
家將打一個大噴嚏,於是懶懶的站了起來。晚涼的京都,已經是令人想要火爐一般寒冷。風和黃昏,毫無顧忌的吹進了門柱間。停在朱漆柱上的蟋蟀,早已跑到不知那裡去了。
家將縮著頸子,高聳了襯著淡黃小衫的紅青襖的肩頭,向門的周圍看。因為倘尋得一片地,可以沒有風雨之患,沒有露見之慮,能夠安安穩穩的睡覺一夜的,便想在此度夜的了。這其間,幸而看見了一道通到門樓上的,寬闊的,也是朱漆的梯子。倘在這上面,即使有人,也不過全是死人罷了。家將便留心著橫在腰間的素柄刀,免得他出了鞘,抬起登著草鞋的腳來,踏上這梯子的最下的第一級去。
於是是幾分時以後的事了。在通到羅生門的樓上的,寬闊的梯子的中段,一個男子,貓似的縮了身體,屏了息,窺探著樓上的情形。從樓上漏下來的火光,微微的照著這男人的右頰,就是那短鬚十間生了一顆紅腫化膿的面皰的頰。家將當初想,在上面的只不過是死人;但走上二三級,卻看見有誰明著火,而那火又是這邊那邊的動彈。這只要看那昏濁的黃色的光,映在角角落落都結滿了蛛網的藻井上搖動,也就可以明白了。在這陰雨的夜間,在這羅生門的樓上,能明著火的,總不是一個尋常的人。
家將是蜥蜴似的忍了足音,爬一般的才到了這峻急的梯子的最上的第一級。竭力的帖伏了身子,竭力的伸長了頸子,望到樓裡面去。
待看時,樓裡面便正如所聞,胡亂的拋著幾個死屍,但是火光所到的範圍,卻此預想的尤其狹,辨不出那些的數目來。只在朦朧中,知道是有赤體的死屍和穿衣服的死屍;又自然是男的女的也都有。而且那些死屍,或者張著嘴或者伸著手,縱橫在樓板上的情形,幾乎令人要疑心到他也曾為人的事實。加之只是肩膀胸脯之類的高起的部分,受著淡淡的光,而低下的部分的影子卻更加暗黑,啞似的永久的默著。
家將逢到這些死屍的腐爛的臭氣,不由的掩了鼻子。然而那手,在其次的一剎那間,便忘卻了掩住鼻子的事了。因為有一種強烈的感情,幾乎全奪去了這人的嗅覺了。
那家將的眼睛,在這時候,才看見蹲在死屍中間的一個人。是穿一件檜皮色衣服的,又短又瘦的,白頭髮的,猴子似的老嫗。這老嫗,右手拿著點火的松明,注視著死屍之一的臉。從頭髮的長短看來,那死屍大概是女的。
家將被六分的恐怖和四分的好奇心所動了,幾於暫時忘卻了呼吸。倘借了舊記的記者的話來說,便是覺得「毛戴」起來了。隨後那老嫗,將鬆明插在樓板的縫中,向先前看定的死屍伸下手去,正如母猴給猴兒捉蝨一般,一根一根的便拔那長頭髮。頭髮也似乎隨手的拔了下來。
那頭髮一根一根的拔了下來時,家將的心裡,恐怖也一點一點的消去了。而且同時,對於這老嫗的憎惡,也漸漸的發動了。 ——不,說是「對於這老嫗」,或者有些語病;倒不如說,對於一切惡的反感,一點一點的強盛起來了。這時候,倘有人向了這家將,提出這人先前在門下面所想的「餓死呢還是做強盜呢」這一個問題來,大約這家將是,便毫無留戀,揀了餓死的了。這人的惡惡之心,宛如那老嫗插在樓板縫中的松明一般,蓬蓬勃勃的燃燒上來,已經到如此。
那老嫗為什麼拔死人的頭髮,在家將自然是不知道的。所以照「合理的」的說,是善是惡,也還沒有知道應該屬於那—面。但由家將看來,在這陰雨的夜間,在這羅生門的上面,拔取死人的頭髮,即此便已經是無可寬恕的惡。不消說,自己先前想做強盜的事,在家將自然也早經忘卻了。
於是乎家將兩腳一蹬,突然從梯子直躥上去,而且手按素柄刀,大踏步走到老嫗的面前。老嫗的吃驚,是無須說得的。
老嫗一瞥見家將,簡直像被弩機彈著似的,直跳起來。
「呔,那裡走!」
家將攔住了那老嫗絆著死屍踉蹌想走的逃路,這樣罵。老嫗沖開了家將,還想奔逃。家將卻又不放伊走,重複推了回來了。暫時之間,默然的叉著。然而勝負之數,是早就知道了的。家將終於抓住了老嫗的臂膊,硬將伊捻倒了。是只剩著皮骨,宛然雞腳一般的臂膊。
「在做什麼?說來!不說,便這樣!」
家將放下老嫗,忽然拔刀出了鞘,將雪白的鋼色,塞在伊的眼前。但老嫗不開口。兩手發了抖,呼吸也艱難了,睜圓了兩眼,眼珠幾乎要飛出窠外來,啞似的執拗的不開口。一看這情狀,家將才分明的意識到這老嫗的生死,已經全屬於自己的意志的支配。而且這意志,將先前那熾烈的憎惡之心,又早在什麼時候冷卻了。剩了下來的,只是成就了一件事業時候的,安穩的得意和滿足。於是家將俯視著老嫗,略略放軟了聲音說:
「我並不是檢非違使[3]的衙門裡的公吏,只是剛才走過這門下面的一個旅人。所以並不要鎖你去有什麼事。只要在這時候,在這門上,做著什麼的事,說給我就是。」
老嫗更張大了圓睜的眼睛,看住了家將的臉,這看的是紅眼眶,鷙鳥一般銳利的眼睛。於是那打皺的,幾乎和鼻子連成一氣的嘴唇,嚼著什麼似的動起來了。頸子很細,能看兄尖的喉節的動彈。這時從這喉嚨裡,發出鴉叫似的聲音,喘吁籲的傳到家將的耳朵裡:
「拔了這頭髮呵,拔了這頭髮呵,去做假髮的。」
家將一聽得這老嫗的答話是意外的平常,不覺失瞭望;而且一失望,那先前的憎惡和冷冷的侮蔑,便同時又進了心中了。他的氣色,大約伊也悟得。老嫗一手仍捏著從死屍拔下來的長頭髮,發出蝦蟆叫一樣聲音,格格的,說了這些話:
「自然的,拔死人的頭髮,真不知道是怎樣的惡事呵。只是,在這裡的這些死人,都是,便給這麼辦,也是活該的人們。現在,我剛才,拔著那頭髮的女人,是將蛇切成四寸長,曬乾了,說是乾魚,到帶刀[4]的營裡去出賣的。倘使沒有遭瘟,現在怕還賣去罷。這人也是的,這女人去賣的干魚,說是口味好,帶刀們當作缺不得的菜料買。我呢,並不覺得這女人做的事是惡的。不做,便要餓死,沒法子者做的罷。那就,我做的事,也不覺得是惡事。這也是,不做便要餓死,沒法子才做的呵。很明白這沒法子的事的這女人,料來也應該寬恕我的。」
老嫗大概說了些這樣意思的事。
家將收刀進了鞘,左手按著刀柄,冷然的聽著這些話;至於右手,自然是按著那通紅的在頰上化了膿的大顆的面皰。然而正聽著,家將的心裡卻生出一種勇氣來了。
這正是這人先前在門下面所缺的勇氣。而且和先前跳到這門上,來捉老嫗的勇氣,又完全是向反對方面發動的勇氣了。家將對於或餓死或做強盜的事,不但早無問題;從這時候的這人的心情說,所謂餓死之類的事,已經逐出在意識之外,幾乎是不能想到的了。
「的確,這樣麼?」
老嫗說完話,家將用了嘲弄似的聲音,复核的說。於是前進一步,右手突然離開那面皰,捉住老嫗的前胸,咬牙的說道:
「那麼,我便是強剝,也未必怨恨罷。我也是不這麼做,便要餓死的了。」
家將迅速的剝下這老嫗的衣服來;而將挽住了他的腳的這老嫗,猛烈的踢倒在死屍上。到樓梯口,不過是五步。家將挾著剝下來的檜皮色的衣服,一瞬間便下了峻急的梯子向昏夜裡去了。
暫時氣絕似的老嫗,從死屍間掙起伊裸露的身子來,是相去不久的事。伊吐出嘮叨似的呻吟似的聲音,借了還在燃燒的火光,爬到樓梯口邊去。而且從這裡倒掛了短的白髮,窺向門下面。那外邊,只有黑洞洞的昏夜。
家將的踪跡,並沒有知道的人。
羅生門日語原文
[edit]或日あるひの暮方の事である。一人の下人が、羅生門らしやうもんの下で雨やみを待つてゐた。 廣い門の下には、この男の外ほかに誰もゐない。唯、所々丹塗にぬりの剝げた、大きな圓柱まるばしらに、蟋蟀きり 〴 〵 すが一匹とまつてゐる。羅生門らしやうもんが、朱雀大路すじやくおほぢにある以上いじやうは、この男の外にも、雨あめやみをする市女笠いちめがさや揉烏帽子が、もう二三人にんはありさうなものである。それが、この男をとこの外ほかには誰たれもゐない。 何故なぜかと云ふと、この二三年、京都には、地震ぢしんとか辻風とか火事とか饑饉とか云ふ災わざはひがつゞいて起つた。そこで洛中らくちうのさびれ方かたは一通りでない。舊記によると、佛像や佛具を打碎うちくだいて、その丹にがついたり、金銀の箔はくがついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪たきぎの料しろに賣つてゐたと云ふ事である。洛中らくちうがその始末であるから、羅生門の修理しゆりなどは、元より誰も捨てゝ顧かへりみる者がなかつた。するとその荒あれ果はてたのをよい事にして、狐狸こりが棲む。盜人ぬすびとが棲む。とうとうしまひには、引取ひきとり手のない死人を、この門へ持つて來て、棄てゝ行くと云ふ習慣しふくわんさへ出來た。そこで、日の目が見えなくなると、誰でも氣味きみを惡るがつて、この門の近所きんじよへは足あしぶみをしない事になつてしまつたのである。 その代り又鴉からすが何處どこからか、たくさん集つて來た。晝間ひるま見みると、その鴉が何羽なんばとなく輪を描いて高い鴟尾しびのまはりを啼なきながら、飛びまはつてゐる。殊に門の上の空が、夕燒ゆふやけであかくなる時ときには、それが胡麻ごまをまいたやうにはつきり見えた。鴉からすは、勿論、門の上にある死人しにんの肉を、啄みに來るのである。――尤も今日は、刻限こくげんが遲おそいせいか、一羽も見えない。唯、所々ところどころ、崩れかゝつた、さうしてその崩くづれ目に長い草のはへた石段いしだんの上に、鴉からすの糞くそが、點々と白くこびりついてゐるのが見える。下人げにんは七段ある石段の一番上の段だんに洗あらひざらした紺こんの襖あをの尻を据ゑて、右の頰に出來た、大きな面皰にきびを氣にしながら、ぼんやり、雨あめのふるのを眺ながめてゐるのである。 作者さくしやはさつき、「下人が雨やみを待つてゐた」と書いた。しかし、下人げにんは、雨がやんでも格別かくべつどうしようと云ふ當てはない。ふだんなら、勿論もちろん、主人の家へ歸る可き筈である。所ところがその主人からは、四五日前に暇ひまを出だされた。前にも書いたやうに、當時たうじ京都きやうとの町は一通りならず衰微すゐびしてゐた。今この下人が、永年ながねん、使はれてゐた主人から、暇ひまを出されたのも、この衰微の小さな餘波に外ならない。だから「下人が雨あめやみを待つてゐた」と云いふよりも、「雨にふりこめられた下人が、行ゆき所どころがなくて、途方にくれてゐた」と云ふ方が、適てき當たうである。その上、今日の空模樣そらもやうも少からずこの平安朝へいあんてうの下人の Sentimentalisme に影響えいきやうした。申さるの刻下りからふり出した雨は、未に上あがるけしきがない。そこで、下人は、何を措いても差當さしあたり明日の暮くらしをどうにかしようとして――云はゞどうにもならない事ことを、どうにかしようとして、とりとめもない考かんがへをたどりながら、さつきから朱雀大路すじやくおほぢにふる雨の音を、聞くともなく聞いてゐた。 雨は、羅生門らしやうもんをつゝんで、遠とほくから、ざあつと云ふ音をあつめて來る。夕闇は次第に空を低くして、見上みあげると、門の屋根が、斜につき出した甍いらかの先さきに、重たくうす暗くらい雲くもを支へてゐる。 どうにもならない事を、どうにかする爲には、手段しゆだんを選んでゐる遑いとまはない。選んでゐれば、築土ついぢの下か、道ばたの土の上で、饑死うゑじにをするばかりである。さうして、この門の上へ持つて來て、犬いぬのやうに棄すてられてしまふばかりである。選えらばないとすれば――下人の考へは、何度なんども同じ道を低徊した揚句あげくに、やつとこの局所へ逢着はうちやくした。しかしこの「すれば」は、何時いつまでたつても、結局「すれば」であつた。下人は、手段しゆだんを選ばないといふ事を肯定こうていしながらも、この「すれば」のかたをつける爲に、當然たうぜん、その後に來る可き「盜人ぬすびとになるより外に仕方しかたがない」と云ふ事を、積極的せきゝよくてきに肯定する丈の、勇氣が出ずにゐたのである。 下人は、大きな嚏くさめをして、それから、大儀さうに立上つた。夕冷ゆふひえのする京都は、もう火桶ひをけが欲しい程の寒さである。風は門の柱はしらと柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗にぬりの柱にとまつてゐた蟋蟀きり 〴 〵 すも、もうどこかへ行つてしまつた。 下人は、頸をちゞめながら、山吹の汗衫かざみに重ねた、紺の襖の肩を高たかくして門のまはりを見まはした。雨風あめかぜの患のない、人目にかゝる惧のない、一晚ばん樂らくにねられさうな所があれば、そこでともかくも、夜よを明あかさうと思つたからである。すると、幸門の上の樓ろうへ上る、幅の廣い、之も丹を塗つた梯子はしごが眼についた。上うへなら、人がゐたにしても、どうせ死人しにんばかりである。下人は、そこで腰にさげた聖柄ひぢりづかの太刀が鞘走らないやうに氣をつけながら、藁草履わらざうりをはいた足を、その梯子の一番下ばんしたの段へふみかけた。 それから、何分なんぷんかの後である。羅生門の樓の上へ出る、幅はゞの廣い梯子の中段に、一人の男が、猫ねこのやうに身をちゞめて、息いきを殺しながら、上の容子ようすを窺つてゐた。樓の上からさす火ひの光ひかりが、かすかに、その男の右の頰ほゝをぬらしてゐる。短い鬚ひげの中に、赤く膿を持つた面皰にきびのある頰である。下人は、始めから、この上にゐる者は、死人しにんばかりだと高を括つてゐた。それが、梯子はしごを二三段上つて見ると、上では誰か火ひをとぼして、しかもその火を其處此處そこゝこと動うごかしてゐるらしい。これは、その濁つた、黃いろい光が、隅々すみ 〴 〵 に蜘蛛の巢をかけた天井裏に、ゆれながら映うつつたので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしてゐるからは、どうせ唯の者ではない。 下人は、守宮やもりのやうに足音をぬすんで、やつと急きふな梯子を、一番上の段まで這ふやうにして上りつめた。さうして體からだを出來る丈、平にしながら、頸くびを出來る丈、前へ出して、恐おそる恐る、樓の內を覗のぞいて見た。 見ると、樓の內には、噂うはさに聞いた通り、幾つかの屍骸しがいが、無造作むざうさに棄てゝあるが、火の光の及ぶ範圍はんゐが、思つたより狹いので、數かずは幾つともわからない。唯、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸はだかの屍骸と、着物きものを着た屍骸とがあると云ふ事である。勿論もちろん、中には女も男もまじつてゐるらしい。さうして、その屍骸は皆、それが、甞、生きてゐた人間だと云ふ事實じゞつさへ疑はれる程、土を捏ねて造つた人形にんぎやうのやうに、口を開あいたり手を延ばしたりしてごろごろ床ゆかの上にころがつてゐた。しかも、肩とか胸むねとかの高くなつてゐる部分ぶゞんに、ぼんやりした火の光をうけて、低くなつてゐる部分の影を一層そう暗くらくしながら、永久に啞おしの如く默だまつていた。 下人は、それらの屍骸の腐爛ふらんした臭氣に思はず、鼻はなを掩つた。しかし、その手は、次の瞬間しゆんかんには、もう鼻を掩ふ事を忘れてゐた。或る强い感情かんじやうが、殆悉この男の嗅覺を奪つてしまつたからである。 下人の眼は、その時、はじめて、其その屍骸しがいの中に蹲つている人間を見た。檜肌色ひはだいろの着物を著た、背の低い、瘦せた、白髮頭しらがあたまの、猿のやうな老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松まつの木片を持つて、その屍骸しがいの一つの顏を覗きこむやうに眺ながめてゐた。髮の毛の長い所を見ると、多分たぶん女をんなの屍骸であらう。 下人は、六分の恐怖きやうふと四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸いきをするのさへ忘れてゐた。舊記の記者きしやの語を借りれば、「頭身とうしんの毛も太る」やうに感じたのである。すると、老婆らうばは、松の木片を、床板の間に挿さして、それから、今まで眺めてゐた屍骸の首に兩手りやうてをかけると、丁度、猿の親が猿の子の虱しらみをとるやうに、その長い髮かみの毛けを一本づゝ拔きはじめた。髮は手に從したがつて拔けるらしい。 その髮の毛が、一本ずゝ拔ぬけるのに從つて下人の心こゝろからは、恐怖が少しづつ消えて行つた。さうして、それと同時どうじに、この老婆に對するはげしい憎惡ぞうをが、少しづゝ動いて來た。――いや、この老婆らうばに對すると云つては、語弊ごへいがあるかも知れない。寧、あらゆる惡に對する反感はんかんが、一分每に强さを增して來たのである。この時、誰たれかがこの下人に、さつき門もんの下でこの男が考へてゐた、饑死うゑじにをするか盜人になるかと云ふ問題を、改めて持出もちだしたら、恐らく下人は、何の未練みれんもなく、饑死を選んだ事であらう。それほど、この男をとこの惡を憎む心は、老婆の床ゆかに挿した松の木片のやうに、勢よく燃もえ上あがり出してゐたのである。 下人には、勿論、何故老婆が死人しにんの髮の毛を拔ぬくかわからなかつた。從つて、合理的がふりてきには、それを善惡の何れに片かたづけてよいか知らなかつた。しかし下人にとつては、この雨あめの夜よに、この羅生門の上で、死人の髮の毛けを拔くと云ふ事が、それ丈で既に許ゆるす可らざる惡であつた。勿論、下人げにんは、さつき迄自分が、盜人になる氣でゐた事なぞは、とうに忘れてゐるのである。 そこで、下人は、兩足りやうあしに力を入れて、いきなり、梯子はしごから上へ飛び上つた。さうして聖柄ひぢりづかの太刀に手をかけながら、大股おおまたに老婆の前へ步みよつた。老婆が驚いたのは、云ふ迄もない。 老婆は、一目下人を見ると、まるで弩いしゆみにでも彈かれたやうに、飛び上つた。 「おのれ、どこへ行く。」 下人は、老婆が屍骸しがいにつまづきながら、慌あはてふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵のゝしつた。老婆は、それでも下人をつきのけて行ゆかうとする。下人は又、それを行かすまいとして、押おしもどす。二人は屍骸しがいの中で、暫、無言むごんのまゝ、つかみ合つた。しかし勝敗しようはいは、はじめから、わかつている。下人はとうとう、老婆の腕うでをつかんで、無理にそこへ扭ねぢ倒たほした。丁度、鷄とりの脚のやうな、骨と皮ばかりの腕である。 「何をしてゐた。さあ何をしてゐた。云へ。云はぬと、これだぞよ。」 下人は、老婆らうばをつき放すと、いきなり、太刀たちの鞘さやを拂つて、白い鋼はがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は默つてゐる。兩手りやうてをわなわなふるはせて、肩で息いきを切りながら、眼を、眼球がんきうが眶まぶたの外へ出さうになる程、見開いて、啞のやうに執拗しうねく默つてゐる。これを見ると、下人は始はじめて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志いしに支配されてゐると云ふ事を意識いしきした。さうして、この意識は、今いままではげしく燃えてゐた憎惡の心を何時いつの間にか冷さましてしまつた。後あとに殘つたのは、唯、或ある仕事しごとをして、それが圓滿ゑんまんに成就した時の、安らかな得意とくいと滿足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆らうばを見下しながら、少し聲を柔やはらげてかう云つた。 「己は檢非違使けびゐしの廳の役人などではない。今し方この門もんの下を通とほりかゝつた旅の者だ。だからお前に繩なわをかけて、どうしようと云ふやうな事はない。唯たゞ、今時分、この門の上で、何なにをして居たのだか、それを己に話はなししさへすればいいのだ。」 すると、老婆は、見開みひらいてゐた眼を、一層大そうおほきくして、ぢつとその下人の顏かほを見守つた。眶の赤くなつた、肉食鳥のやうな、銳するどい眼で見たのである。それから、皺しはで、殆、鼻と一つになつた唇を、何か物でも嚙かんでゐるやうに動かした。細い喉で、尖つた喉佛のどぼとけの動いてゐるのが見える。その時、その喉のどから、鴉からすの啼くやうな聲が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳みゝへ傳はつて來た。 「この髮を拔いてな、この女の髮を拔いてな、鬘かつらにせうと思うたのぢや。」 下人は、老婆の答が存外、平凡へいぼんなのに失望した。さうして失望しつばうすると同時に、又前の憎惡が、冷な侮蔑ぶべつと一しよに、心の中へはいつて來た。すると、その氣色けしきが、先方へも通じたのであらう。老婆は、片手かたてに、まだ屍骸の頭から奪とつた長い拔け毛を持もつたなり、蟇ひきのつぶやくやうな聲で、口ごもりながら、こんな事を云つた。 成程、死人の髮かみの毛けを拔くと云ふ事は、惡い事かも知しれぬ。しかし、かう云ふ死人の多くは、皆、その位な事ことを、されてもいゝ人間にんげんばかりである。現に、自分が今、髮かみを拔いた女などは、蛇へびを四寸ばかりづゝに切きつて干したのを、干魚ほしうをだと云つて、太刀帶たてはきの陣へ賣りに行つた。疫病にかゝつて死ななかつたなら、今でも賣りに行つてゐたかもしれない。しかも、この女をんなの賣る干魚は、味あぢがよいと云ふので、太刀帶たちが、缺かさず菜料さいれうに買つてゐたのである。自分は、この女のした事が惡わるいとは思はない。しなければ、饑死うゑじにをするので、仕方しかたがなくした事だからである。だから、又今、自分じぶんのしてゐた事も惡い事とは思おもはない。これもやはりしなければ、饑死うゑじにをするので、仕方がなくする事だからである。さうして、その仕方がない事を、よく知つてゐたこの女は、自分のする事を許ゆるしてくれるのにちがひないと思おもふからである。――老婆は、大體こんな意味の事を云つた。 下人は、太刀を鞘さやにおさめて、その太刀の柄を左ひだりの手てでおさへながら、冷然として、この話を聞いてゐた。勿論、右みぎの手てでは、赤く頰ほゝに膿うみを持つた大きな面皰を氣きにしながら、聞いてゐるのである。しかし、之を聞きいてゐる中に、下人の心には、或ある勇氣ゆうきが生まれて來た。それは、さつき、門もんの下したでこの男に缺けてゐた勇氣である。さうして、又またさつき、この門の上うへへ上あがつて、この老婆を捕へた時の勇氣とは、全然ぜん 〴 〵 、反對な方向に動うごかうとする勇氣である。下人は、饑死をするか盜人ぬすびとになるかに迷はなかつたばかりではない。その時ときのこの男の心もちから云へば、饑死うゑじになどと云ふ事は、殆、考かんがへる事さへ出來ない程、意識の外に追ひ出されてゐた。 「きつと、そうか。」 老婆の話が完ると、下人は嘲あざけるやうな聲で念ねんを押した。さうして、一足あし前まへへ出ると、不意ふいに、右の手を面皰から離して、老婆の襟上えりがみをつかみながら、かう云つた。 「では、己が引剝ひはぎをしようと恨むまいな。己もさうしなければ、饑死をする體なのだ。」 下人は、すばやく、老婆の着物きものを剝ぎとつた。それから、足あしにしがみつかうとする老婆を、手荒てあらく屍骸の上へ蹴倒けたほした。梯子の口までは、僅わづかに五步を數へるばかりである。下人は、剝はぎとつた檜肌色の着物きものをわきにかゝへて、またゝく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。 暫しばらく、死んだやうに倒れてゐた老婆が、屍骸の中なかから、その裸はだかの體を起したのは、それから間まもなくの事である。老婆は、つぶやくやうな、うめくやうな聲を立てながら、まだ燃もえてゐる火の光をたよりに、梯子はしごの口まで、這つて行つた。さうして、そこから、短い白髮しらがを倒にして、門の下を覗のぞきこんだ。外には、唯、黑洞々たる夜があるばかりである。 下人は、既に、雨あめを冐をかして、京都の町へ强盜を働きに急いでゐた。
注釋
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